なんだか、あゆの体に傷が増えている気がする。
大地はあゆを観察していて、前から不思議に思うことがあった。
あゆの体にはいつの間にか複数の傷ができていることがある。今回は結構な数のようだ。
これは確認した方がいいのだろうか。 何か危ないことに巻き込まれている可能性だってある。 だったら俺にも何かできるかもしれない。大地がじーっとあゆを見つめていると、いつの間にか大地の隣に現れた美咲も、あゆを見つめ始める。
「わっ、なんだよ! びっくりした」
彼女の存在に気づいていなかった大地が、急に現れた美咲に驚き、目を見開く。
「何見てんのよ」
美咲がジロっと大地を睨んだ。
「な、なんでもねえよ」
大地は慌てて美咲から視線を逸らす。
美咲が疑いの目を向ける中、大地はあゆのことばかり考えていた。 「はあ~っ」大きなため息をつきながら、あゆは一人廊下の壁にもたれかかる。
あゆは疲れていた。
戦いの傷がまだ癒えない。一日だけは風邪を引いたことにしてずる休みをした。 さすがに何日も学校を休むわけにはいかないので出てきたが、やはりまだ傷が痛む。「木立さん、大丈夫?」
ふと声をかけられ振り返ると、京夜が笑顔でこちらに歩いてくるのが見えた。
なんだか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。頬が緩んでいるんですけど。あゆは京夜の相手をしないといけない現実に、げんなりしながら返事をする。
「ああ、うん、大丈夫」
「あまり無理しないで、体大切にね」それだけ言うと、京夜はあゆの目の前を通り過ぎて行く。
珍しく優しい京夜の対応に、なぜか寒気がしたあゆは身震いする。いったいどうしたの? 何か企んでる?
いつもは嬉しそうにからかってくるのに。あゆは去り行く京夜の背中を、訝しげに見つめ続けた。
「なんなの……」
そう、困るよ。
こんなことぐらいでやられてもらっては。まだまだ楽しませてくれないと。京夜は振り向いてあゆに手を振る。
嫌そうに表情を歪めるあゆが面白くて、微笑んだ。なんだか、あゆの体に傷が増えている気がする。 大地はあゆを観察していて、前から不思議に思うことがあった。 あゆの体にはいつの間にか複数の傷ができていることがある。 今回は結構な数のようだ。 これは確認した方がいいのだろうか。 何か危ないことに巻き込まれている可能性だってある。 だったら俺にも何かできるかもしれない。 大地がじーっとあゆを見つめていると、いつの間にか大地の隣に現れた美咲も、あゆを見つめ始める。「わっ、なんだよ! びっくりした」 彼女の存在に気づいていなかった大地が、急に現れた美咲に驚き、目を見開く。「何見てんのよ」 美咲がジロっと大地を睨んだ。「な、なんでもねえよ」 大地は慌てて美咲から視線を逸らす。 美咲が疑いの目を向ける中、大地はあゆのことばかり考えていた。 「はあ~っ」 大きなため息をつきながら、あゆは一人廊下の壁にもたれかかる。 あゆは疲れていた。 戦いの傷がまだ癒えない。一日だけは風邪を引いたことにしてずる休みをした。 さすがに何日も学校を休むわけにはいかないので出てきたが、やはりまだ傷が痛む。「木立さん、大丈夫?」 ふと声をかけられ振り返ると、京夜が笑顔でこちらに歩いてくるのが見えた。 なんだか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。頬が緩んでいるんですけど。 あゆは京夜の相手をしないといけない現実に、げんなりしながら返事をする。「ああ、うん、大丈夫」 「あまり無理しないで、体大切にね」 それだけ言うと、京夜はあゆの目の前を通り過ぎて行く。 珍しく優しい京夜の対応に、なぜか寒気がしたあゆは身震いする。 いったいどうしたの? 何か企んでる? いつもは嬉しそうにからかってくるのに。 あゆは去り行く京夜の背中を、訝しげに見つめ続けた。「な
あゆは苦しそうに顔を歪め、息を吐き出す。「おまえを、助けたいんだっ」 意外な発言に、ゆりあは眉を寄せる。「は? 何言ってんの? 別に助けてなんて頼んでないし。 あー、あんたあれ? 悪魔と契約した私を助けにきた正義のヒーローにでもなったつもり? 余計なお世話よ、馬鹿じゃない?」 ゆりあは可笑しそうにクスクスと笑う。「悪魔と契約して、後悔してるんじゃないか?」 あゆの言葉に、ゆりあの心臓がドクンと音を立てた。「後悔なんてするわけないじゃない! 私がずっと欲しかったモノが手に入ったんだもの。私は満足してるわ! 今幸せよ!」 必死に叫ぶゆりあ、その姿は必死に動揺を隠しているように見えた。 あゆは静かに問いかける。「欲しかったモノは、手に入ったのか? おまえは、そんな外見が本当に手に入れたかったのか? おまえが本当に手に入れたかったのは……」 そのとき、あゆの背後に黒い影が現れた。「なにっ」 あゆが振り向く前に背中に攻撃を食らう。 あゆは血を吐いて倒れかけたが、なんとか踏ん張り、次に備えて身構えた。「まあ、頑丈だこと。さすが、私たちに歯向かうだけのことはある」 そこには、美しい女性の姿を模した悪魔が、不敵な笑みを浮かべあゆを見下ろしていた。 とても美しく妖艶な女性。 青白く艶やかな肌、色っぽい目と口。異様な色気を放つその悪魔は、嬉しそうにニヤッと笑った。 あゆはすぐに悪魔だとわかった。 その者が持つ気が、その証拠だ。明らかに人間とは違う妖気を放っている。「くそっ、魔族のご登場かよ、面倒だな」 口に溜まった血を吐き捨て、あゆは悪魔を睨みつける。「やめてくれる? せっかく取り込んだ人間を誘惑するの。……目障りなのよ」 そう言うと、いくつもの鋭い棘が悪魔から放たれた。 あゆはそれを剣で弾き返していく。 弾ききれなかった棘
夜になると、賑やかだった通りも静けさを増し闇に包まれる。 等間隔に並ぶ外灯が道を照し、歩くのに差し支えない程度に明るかった。 目的の場所へと続く暗い道、そこを一人の少女が歩いていく。 ゆりあは果たし状に記されていた公園へと向かっていた。 近所で一番広い公園で、昼間は人も居て穏やかな印象だったが、夜は少し不気味な雰囲気を醸し出している。 あの手紙はいったい誰が差し出したのだろう。悪魔の契約のことまで書かれていた。 公園に到着したゆりあは、警戒しながら辺りを見回す。「木崎ゆりあ」 ふいに声をかけられ、ゆりあは振り返る。 そこにいたのは、小柄な少女だった。 ゆりあと同じくらいの歳だろうか、いや、それより年下に見える。 黒く長い髪が夜の闇に溶け込み、月夜に照らされた部分だけが綺麗な光を放っている。「あなたが手紙を?」 ゆりあは訝しげにあゆを見つめる。 暗がりで、どんな表情をしているのかわからない。 ただ、小さい体から発せられているオーラはとても強く、ゆりあを少しだけ怖気づかせる。「おまえ、悪魔と契約しただろ」 その可憐な容姿からは想像つかない口調に、ゆりあは驚いた。「ずいぶん口が悪いのね。……ええ、契約したわ」 やはりこいつ、悪魔のこと知ってる? でも、いったいどうするつもりなの? 突然、あゆの手に白く光る剣が現れた。 辺りは一瞬真っ白な世界となる。 その剣から発せられる光が異様に眩しく、ゆりあは目を細めた。「では、おまえを殺す」 あゆは静かにそう言うと、地面を蹴った。 すると、ゆりあの手にも黒い剣が出現した。 その剣は漆黒の刃でできており、黒い煙のようなものが剣の回りを覆っている。 あゆが振り抜いた剣をゆりあが咄嗟に受け止めた。 金属が重なる音が辺りに響く。「っあんた、一体なんなの?」 ゆりあは自分の力が増幅して
「木崎さんってあんなに綺麗だったっけ?」 ひそひそと女子たちが内緒話をしているのが聞こえてくる。 最近のゆりあは外見の豹変ぶりに加え、性格も変わっていた。 いつも暗く下を向き、目立つことなく隅の方にいることがほとんどだった彼女。髪もぼさぼさで化粧気もなく、容姿に気を使うことなどなかった。 今ではバッチリメイクで、髪も綺麗に巻き、制服を可愛く着こなす。 そんな彼女は自信に満ちた表情で、廊下の中央を堂々と歩いていた。「あんた邪魔なのよ!」 少し肩が当たった女生徒に対し、ゆりあが叫ぶ。「あんたみたいなブスが、私の邪魔していいと思ってんの?」 ゆりあは相手を見下すように睨んだ。「何ですって?!」 「あんた、よーく鏡で自分の顔見てみなさいよ。よくそんな顔とスタイルで生きていられるわ」 ゆりあは自分の美しさを際立たせるポーズを取ると挑発的に微笑んだ。 相手も負けじとゆりあに食ってかかった。「は? あんたにそんなこと言われたくないわ! この間まであんたブスだったじゃない、どうせ整形でもしたんじゃないの?」 そう言われたゆりあは少しだけ眉を上げたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。「そうそう、あんたの好きな川谷くんだっけ? 彼、私に告白してきたわよ」 勝ち誇ったようにゆりあは微笑んだ。 相手の女生徒はすごくショックを受けた表情に変わり、何か言い返そうと口を開く。 しかし何も言葉は出てこず、涙を浮かべ悔しそうにその場から走り去っていった。「ドブスがっ!」 ゆりあは女生徒の背中に向け、勝利の雄叫びを上げた。 ひとしきり笑ったあと、彼女の笑顔が徐々に消えていく。 なぜだ? 私は欲しかったモノを手に入れた。これで幸せになれるはずだった。 なのになぜ、満たされない? ゆりあの表情は、苦悶に満ちていく。 ゆりあはわからなかった、自分が求めているものが何だったのか――。
「おかえり、あゆ。今日はどうだった?」 自分の部屋に入ると、クッションの上でくつろいでいたチワがのんびりとあくびをしながら聞いてくる。「え? 何が?」 不思議そうに聞き返すあゆに、チワは少し呆れた様子で尋ねた。「何って……今日は新学年でクラスも変わっただろ?」 わずかな間のあと、憂鬱そうな顔をしたあゆが答えた。「そうね……嫌な奴がまた同じクラスだった」 あゆが本当に嫌そうな顔をしていたので、チワには想像がついた。 いつもあゆが嫌がってる上杉とかいう奴だ。「……怖そうな人とも一緒になった」 あゆが思い出したかのように、身震いする。 よほど恐かったんだな、誰だ? 初めて登場する奴だな。 チワは見たこともない“そいつ”に思いを馳せる。「あと、新しい担任の先生がすごい人気だったかな」 「へー、どんな奴?」 「んー、イケメン?」 なぜそこで?マークになるんだ? あゆはやっぱり普通の感覚からずれているのかもしれない、と思いチワはため息をつく。 チワはあゆが心配だった。 天界からの命であゆの使い魔として傍にいるようになり、だんだんあゆのことがわかってきた。 素直で少し天然なところがある。 すごく優しい性格だが、その分繊細で傷つきやすい。放っておくといつの間にか心にたくさんの傷を抱えてしまっている。 あゆは自分のことを弱い人間だと思っているようだが、チワはそう思っていない。人のためなら誰よりも強くなることを知っている。 そんな人間が弱いわけない。だからこそ選ばれた。 チワは常々、あゆにはもっと自信を持って欲しいと思っていた。「ま、そんなとこ」 あゆの話が一区切りついたようなので、チワは姿勢を正すと本題に入った。「それじゃあ、あゆ、仕事の話いい?」 チワの声音が真剣なものに変わった。 それまで元気だったあゆが、急に沈んでいく。「……もう、
高校二年生、今日からまた新しいクラス。 あゆは少しの期待を胸に、教室に一歩踏み出した。 その瞬間、何かにつまづいて転んでしまう。一瞬混乱したがすぐに理解した。 誰かが足をひっかけ、転ばしたのだ。 すぐ後ろで、女子の小さな笑い声が聞こえてくる。 クラスが変わればいじめも減るかと期待するが、それは大きな間違い。毎年期待を裏切られていることを忘れ、また期待してしまう自分に嫌気がさす。 こんなこと慣れている、大丈夫。 自分を奮いたたせ、立ち上がろうとする。 そのとき、あゆの肩を誰かが叩いた。「おはよう、木立さん。また同じクラスだね、よろしく」 声をかけてきたのは、上杉(うえすぎ)京夜(きょうや)。 彼とは一年のとき一緒のクラスで、なぜか話す機会が多かった。 学年トップをキープするほど頭がよく、ルックスもいいので女子に人気があった。 彼は人から好かれる術を心得ているようで、先生からの信頼も厚く、なぜか男子からも好感を得ている。 あゆとは違い、世渡り上手だ。 しかしそんな彼が、なぜかあゆにはよく絡んでくる。 そして、他の人に対する態度とあゆに対する態度は、あからさまに違っているのだ。「あ、顔にご飯粒がついてますよ」 「えっ!」 あゆは慌てて鏡を鞄から出そうとする。その拍子に鞄の中身が床に散乱した。 急いで拾い集めると鏡を探し出し、それに映った自分を凝視する。 どこにもご飯粒なんてついていない。「上杉君、どこについてるの?」 不思議そうな表情であゆが京夜を見つめると、彼は下を向き必死に笑いを押し殺していた。 その様子を見て、やっとからかわれていたことにあゆは気づく。「……またからかったの!」 真っ赤になったあゆが頬を膨らませる。 笑い終えた京夜は、満足そうに頷き、他の人には見せない意地悪な笑みを見せた。「騙される方が悪いんですよ」 京夜はさっさと自分の席へ戻っていく。 あゆは悔しい気持ちを抱えながら、その背中を見送ることしかできない。言い返しても勝てっこないのは実証済みだった。 いつもこんな感じであゆをからかう京夜。 普段の彼は紳士的で誰に対しても優しい。が、あゆにだけ意地悪だ。 あゆ自身困っているのだが、周りの女子にはそんな二人が仲良く見えるらしく、あゆは女子から敵視されていた。 ただでさえ